いつもの放課後をつつがなくむかえるかと思いきや、今日は違った。
下駄箱に差出人不明の封筒が入っていたからだ。
生まれてこの十七年間、ラブレターの類をもらったことのない俺は、トイレにダッシュし他の生徒がいないことを確認しつつ、封をあけた。
中に入っていたのは、
「『今日の午後五時に体育館裏にて君を待つ』と書かれた手紙」
そして、
「お米」
……………米?
「突然のことで申し訳ない」
「やっぱりお前か…」
と、ため息ひとつ。
目の前にいる一応美少女は俺の幼なじみ《三条 秋》。幼稚園からかれこれ十二年の付き合いだ。
秋と過ごしたその十二年間はそれはもう苦労の連続であったことを記憶している。(『米のみの一週間生活』や『米の米による米のための創作料理』など)
とにかく、秋がからむとロクなことがない。
「で、なんの用なんだ?」
「………。」
間をおくのはいつものことだが、今日は様子が変だ。
なんで赤くなってんだ?
「………。」
「秋、どうかしたか?」
「………。」
…らしくないな……。いったいどうしたんだよ?いつもの破天荒な行動で俺を困らすお前は!
「秀……。」
やっと口が開いた。どうやらふんぎりがついたらしい。ちなみに「秀」とはおれの名前《千原 秀也》のニックネームだ。
「話がある。」
「……何の話だ?」
「重大な話だ。」
「……前話してた『庭、水田化計画vol.13』についてか?実行は来月だったろ?」
「…違う。」
「じゃあ、『第七回幻の米探索隊in東北』か?勘弁してくれよ、しんどいだろアレ。」
「…秀、真面目な話なんだ。」
なんなんだ、今日の秋は。通常の三倍近くおかしい……いや通常がおかしいからこれは一般でいう正常なのか?いや、自分でも訳がわかんねぇぇ!
「秀、思えばこの十二年間色々あったな…。」
「え?あぁ、そうだな。」
「食物を作ったり…。」
「ほとんどが米だし、たいがい失敗してたがな。」
「よく軽く外出もしたな…。」
「十数回も死に瀕しなければいい思い出なんだがな。」
「そうだな…。……では、秀。単刀直入に言わせてもらう。」
「…おぅ。」
「私は君が………千原秀也、君が好きだ……!」
「…………………なっ!!!」
まったく予期してない人物から、これまたまったく予期してなかった一言に、俺は頭のてっぺんから爪先まで一気に体温が上がるのを感じた。
た、た、確かに秋は好きなんだが、それはとめっ、友達としてで、それにお、俺はまだ彼女を嫁にもらえるような環境はとの、整ってない……
って何考えてんだよ、俺!!落ち着け!!
……………いや、まてよ。秋のことだ、何かいたずらかもしれない……。この十二年間で痛いほど学んでるからな……。危ない危ない……。
「突然のことで驚いただろう。本来ならもっと早く告げるべきだった…。」
「……。」
「だが、もし君にフラれたら、私はまた一人になってしまう、それだけは避けたかった。」
「……秋。」
「君と出会って、私は人と分かち合うことの喜び、人と付き合っていくことの苦しみ、人をからかうことの楽しさなど、多くのことを知った……。」
「………。」
「君がそばにいてくれたから、君がはげましてくれたから、君が共に笑ってくれたから、今の私がいる……。」
「………。」
「だがいつまでも君に頼っていられない。」
「………。」
「今夜、私は最高の米を手に入れるため、旅立つ。」
火照った体から急速に熱が奪われるのを感じる。
秋の口調からしてそれは本当なのだろう。
まさか……、秋が、秋が旅立つだと!
「………。」
「……うぅ。」
「………。」
「………うっ……う。」
「………。」
「………ぐしゅ。」
「…………………よし。」
「……う………へ?」
「こちらの話だ。さぁ涙をふいてくれ、そんな顔されては私も困る。」
「あぁ、スマン………。って、ア、ア━━━━━━ッ!!?!?!」
「………。」
「このハンカチ…、『ドッキリでした』って書いてるじゃねぇか!!」
「どうどう、落ち着き給え。」
「これが落ち着いてられるかぁぁ!、って、うぉ!」
秋の華奢な体が俺の胸に飛び込み、抱きついてきた。
………こういうとき、オレハドウスベキナンダァァァア!!
「大丈夫だ、私の気持ちに嘘偽りはない。嘘は『今夜、旅立つ』ということだけだ。」
「………。痛い痛い!わかったから、そんなに締め上げるな!」
「嘘をついたのは謝る。だが、こうでもしないと君から本心を聞き出すのは無理だと思ったから……。」
「痛い痛い痛い痛ーーーい!!」
「……あぁ、すまない。つい力を入れすぎた。」
と、秋は俺を解放した。なんちゅう力で締めやがる………。
だが、秋の愛(?)というものを痛いほど(実際に痛い)感じた。
秋はなんだかんだいって俺のことをけっこう大事に思ってくれてるんじゃないか……………多分。
「じゃ……、秋はもうどこにもいかないで…俺のそばにいてくれるんだな?」
「無論だ…と、これを渡すのを忘れていた。」
渡されたのは……何かのチケットにパスポート?
「出立は三日後。午前中に迎えに行くからよろしく。」
「はぁ?」
「行き先はさっき述べた通り。まずは中国からだが…」
「まさか……さっきの米探索の件?」
「そうだ。」
「さっき旅立たないって……」
「『今夜旅立つ』のは嘘だが、『旅立たない』とは言ってないだろう?」
「いくらなんでも、話が急すぎるだろ!」
「大丈夫。親御さんには話をつけておいた。二つ返事で承諾してくれたぞ。」
恨むぜ……母さん、父さん。
まったく、やれやれだ。また秋の破天荒に巻き込まれ、しかも海外にまで進出することになるなんて……。
しかし、いつもみたいな脱力感は湧かなかった。秋といられる喜びが大きかったから…あんな話された後だし……。
「………わかったよ。」
「そういってくれると思った。」
「だが確認しておきたい…。秋、お前は俺のことが……」
「……好きだ。米y
「秋!!」
末尾の「米y」以降の言葉が気になったが、俺はそれをさえぎり秋を力の限り抱き締めた。抱き締め続けた………。
エピローグ
「………道合ってんだろうな?」
「むぅ。私の勘をバカにしてくれるな!1キロ離れていようと君まで辿り着けるぞ!」
「………それ、関係ないよな?」
あの衝撃の告白から早くも三年目。今俺は秋の案内の元、かれこれ数時間近く道なき道を進んでいる。
中国・タイ・カンボジアとアジア各国を渡り歩いた末、ミャンマーの奥地に幻の米があると聞いたのだが………どうもガセだったようだ。
こんな不毛地帯に米なんかあるのかよ……?
「………。」
「さっきからうわの空だが、何か考えてるのか?」
「あぁ………。三年前の君の告白を思い出してた。」
「な、懐かしいな。」
「今思い出しても君の歯の浮くような台詞はおもしろい。腹がよじれる。」
「う、うるせい!若かったんだよ!」
「照れるな照れるな。………これからも一緒にいてくれるか?」
「もちろんだ………そういえば俺が抱きついた時『米y』って言ったが…あれはなんだったんだ?」
「………知りたいか。」
「………あぁ。」
「訳あって今は言えない。今これを知っては、君の中の常識がすべて根底から崩れることになってしまう。………それでも知りたいか?」
「………ごめん、じゃあ今は遠慮しとく。」
「それがいい。」
『米y』の後、何が続いたのかは結局謎のまま。だが、俺の前には秋がいる。それだけで十分だ。
幻の米が見つかったら教えてくれるだろう。きっと……。
「すまない、やっぱり遭難してたみたいだ。」
「今更かよ!っていうかどうするんだよ!」
「私は君さえいればかまわない……」
「そういう問題じゃねーーーーーーっ!!!!」