推理シュール


女「実は、すごい発見をしてしまったかもしれないんだ」
男「今度はなんだ?」
女「国語の教科書……三好達治の詩」
男「あー、

   太郎を眠らせ、太郎の屋根に雪降りつむ
   次郎を眠らせ、次郎の屋根に雪降りつむ

  ってやつ? 教科書の定番だよな、これ」
女「君は、不思議に思わなかったか?」
男「え? 単なる静かな夜の情景だろ?」
女「…………心して聞いてほしい。君なら、わたしとこの秘密を、
  そして重荷を一生背負っていけると信じているから」
男「これでもう何個目の重荷なんだ?」
女「まず、短すぎる」
男「ルナールの

   『蛇』

      長すぎる

  
  よりましだろ」
女「ふう……なるほど、世の中は君みたいな人ばかりなんだな。これを詩だと思っているなんて」
男「詩だろうが」
女「よく読んでみろ。『眠らせ』は他動詞、『降りつむ』は自動詞だ。明らかに主語が違う」
男「あ」
女「小説の書き方、みたいな本には必ず『文章の視点が揺れないように気をつけましょう』って
  書いてあるじゃないか。文字扱いのプロたる詩人がそんな基本を忘れると思うか、普通?」
男「…………」
女「太郎、次郎と抽象的な表現もこの場合怪しい」
男「…………」
女「この文章を素直に解釈すると、

  @二人の男がいた
  A『眠る』と表現される状況下に置かれた(外的要因によって)
  B二人は『雪が降り積もる』と表現される状況下にある

  となるな?」
男「たまに思うんだが、お前って、ひょっとして頭のいい馬鹿じゃないのか?」
女「『眠る』というのが文学においては『死』の同義語であることには君も異論はないだろう」
男「さらりと無視かよ」
女「結論を言おう。これは詩ではない。三好達治による、殺人事件の告発だ」
男「な、なんだってーッ!! かっこあすきーあーとりゃくかっことじ」
女「この詩の真実は『(誰かが)太郎と次郎を殺した。死体は見つかっていない』ということなんだ」
男「バーローの時間までまだけっこうあるぞ?」
女「漫画の影響じゃない! この二行詩の中に、三好達治は言葉のプロとして、
  いくつかのヒントをちりばめている。誰かが気付いてくれますようにと、願いを込めて」
男「三好さん、もうお亡くなりになってて良かったよ……」
女「それだ!」
男「え?」
女「おそらく、犯人、または被害者が三好達治とかなり近しい人間だったんだ。
  だから、直接警察にタレこめず、こういうまどろっこしい告発詩になった。
  たぶん、自首してほしいと思ったんだろうな」
男「むしろ、おまえが詩人だよ。マジで、シュルレアリスムの旗手ブルトンの日本における
  唯一正当なる後継者だよ」
女「自動記述でしゃべってるんじゃない! さっきのテスト中、論理的に考えた結果だ!」
男(論理的ってのは、そういう時はまずテストをやる、とゆーことなんだが)
女「自動詞と他動詞、このズレによって三好達治はこれが詩ではないことを訴えた。
  それさえわかれば後は毛利のおっちゃんでも解ける簡単なパズル」
男(やっぱバーローの見すぎじゃねぇか……)
女「屋根、というのはもちろん比喩だ。おそらく、洞窟かそれに類したところに死体は放置されている」
男「…………」
女「まあ、三好達治の周辺をその気になって詳しく調べれば、犯人と被害者はおのずと特定できると思う」
男「…………」
女「しかし、死後……いや、告発から何十年もたってるから時効だし、
  三好達治もかなり前に死んでてたぶん関係者は誰一人生きていないだろうに、
  何で誰もこんな簡単なことに気付かない? 何に遠慮してる?
  国文学者じゃ駄目なのか……学問の硬直化を防ぐため、横断的に各ジャンルの専門k……」
男「どうした?」
女「…………(顔面蒼白)」
女「あ…………まさか…………いや、でも…………ううっ……嘘だ、嘘だ、そんな、嘘だ!」
男「おい……マジでどうした!?」

   ぎゅ――――――っ!

男「…………!」
女「(涙声)こ、この事件が、それでも発覚しない理由……素直に考えれば、一つしかない……」
男(おまえの妄想だからだろ……)
女「こ、殺されるかもしれない……わたしたちのたどり着いたこの結論は、
  あまりにも巨大すぎるこの国の闇……」
男(“たち”? くくられてるッ!?)
女「これは……三好達治が告発しようとしたこの事件は………………












           鮫  島  事  件  だ  っ  た  ん  だ  よ  !




男「…………………………」
女「う……うわああああ……あああああ……殺されるッ! 
  今宵わたしたちは殺される、殺されるために走るのだ。友よ、ウプレカスよ!」
男(スしかあってねぇ……それに、俺も殺されるのか? ってか、俺ってウプレカスレベル?)
女「もう駄目だ、もう駄目だ、もう駄目だ……今日ばかりはこの詩の真実に気付かなかった
  一般衆愚の脳みそがうらやましい……」
男「………………( ^ω^) と一緒に寄るとこあるんで、離してくれない?」
女「ひどい! わたしたちは恋人同士じゃなかったのか!
  むかし君とウツボを比較してウツボに35%も割いたのをまだ根に持ってるのか!?
  一緒に徹夜で米粒に般若心経を書いてくれ!!
  いまなら言える、君とパエリアと紅ヒーなら80:3:17だ! だからッ!!」
男「ずれてる! なんか物語が微妙かつ大胆にずれてるぞッ!!
  おまえの鮫島事件はそんなことで何とかなるようなシロモノなのかッ!!!」








〜後日

女「まさか、のび太たくんじゃあるまいにテストで0点を取る日が来るなんて……」
男「ホントにやってなかったのかよッ!」
女「これが……鮫島事件に触れた人間に対する制裁なのか……」
男「…………」
女「やはり、わたしは時代に受け容れられないのか?」
男「…………」
女「まあ、いいか。君が受け止めてくれるから、わたしはいつだってわたしらしく生きていられるんだから。
  時代なんかより、君一人のほうがよっぽど気が利いている」
男「…………」
 (目が痛てぇ……指に力が入らねぇ……何でこいつあんな新しい地獄みたいな作業して
 ぴんぴんしてんだよ――――――ッ!)