放課後お米クラブ


それは、入学式から数日後の夕日が綺麗な放課後の事だった。

まだ分からない事ばかりだが中学時代からの悪友のお陰か、クラスには馴染めて来たと
言う状況の
俺はその日、屋上に向かって階段を上っていた。……何故かって?
理由は言わずもがなだろう。高校の屋上、それは男の夢っ!!
数々のゲーム、漫画においてキャラが授業をサボったり、お昼ご飯を食べる為に使う言
わば聖地。
実際には鍵がかかっていたり、立ち入り禁止だったりと使えない事が多いのだが……。
まあ、物は試しだ。そう考えた俺は人が少なくなる放課後を待っていたのだ。
しかし、その時の俺はまだ知らなかったんだ。まさかそこに人が倒れているなん
て――。

「以上、回想終了。うんうん、なかなか王道な展開だ」

倒れてる人を見て、焦っていた俺の心も落ち着きを取り戻した。
さて、目的通り屋上にも入れたし帰るとするか。……って、待て。何か、大切な事を忘
れてるぞ。

階段の方へ向かう足を止め、慌てて振り返る。
そこにはやはり人が倒れていた。女の子が仰向けで。
あー、うん。とりあえず、意識を確認せねばなるまい。

「あ、あのー。大丈夫でしょうか?
 もし大丈夫じゃないなら返事をしてくださーい」

返事なし。よし、この人は無事だ。さぁ帰ろう。
……って、待て待て。返事が無いって事はヤバいじゃないか。
こ、これは保健室に運んだ方が良いのか?
仕方ない、ここはいわゆるお姫様抱っこで彼女を……。

「……ん、ふぁーあ」

あれ、もしかしてお目覚めですか?

「んー、あれ?」

あ、目が合ってしまった。綺麗な人だなぁ。先輩かな?
ん? えと、こういう状況に陥った場合、相手は俺の事をどう思うのだろう。
やっぱり変態確定なのだろうか。

「あ……あはははは。おはようございます」

あぁ、終わった。俺のハッピーな高校生活ライフは終わったのだ。
変態と皆から後ろ指をさされて生きていかねばならないのだ。

「……ん、おはよう」

ほら、彼女もおはようって俺に挨拶を……っておはよう?

「とりあえず、降ろして」

そうは行くかっ!
ここで離せば走って逃げて、きっと皆に痴漢にあったとでも言いふらすつもりだろう。
いや、降ろさなかったら変態確定なので素直に降ろすが。

「あ、すみません」
「……じーっ」

効果音をつけながら睨まれてます。これは品定めと言うやつでしょうか。

「あ、あの……」
「私と君は知り合い?」
「いえ、知り合いではないかと思われます」

こんな可愛い知り合いはいない……はず。初対面だと俺は思う。

「じゃあ、何でここに?」
「屋上は男の夢だからっ!!」

……しまった。正直に答えすぎた。

「おぉ、納得した」

しかも何故か納得されてしまった。こんなんでいいのか?
いや、もしかして逆に変態だと確信されてしまったのだろうか。……話を逸らそう。

「そ、それはさて置き。貴方様は何故ここでお倒れになられていたので御座いましょう
か?」
「倒れていた?」
「はい、それはもう清々しいくらいに」

思わず、回想シーンに突入してしまう勢いで。
あ、本人にもよく分かってないっぽい。
制服を軽くはたいて、ショートの髪を整えながら「んー」と唸ってる。

「……あ、そうだ、忘れてた」

そう言うと彼女は階段の方へ向かい……って、帰っちゃった?
あ、戻ってきた。……何だアレ?
ずるずると何かを引き摺って戻ってきました。

「これでよし」

そして彼女はその物体に潜り込み、そのまま帰らぬ人と……。

「じゃなくて、それ、布団じゃないですか!」

どう見ても、布団です。本当にありがとうございました。
見紛う事なき布団。どっからどう見ても布団。

「……ぐうぐう」
「も、もしもしー!」

肩をゆさゆさ。あ、起きた。

「……私は君と知り合い?」
「先ほど、お眠りになられる前に知り合ったばかりです」

何度見てもやっぱり今日が初対面だと思う。

「じゃあ夜這い?」
「それは想定の範囲外の結論ですね」
「違うの? ……それは残念」

それはつまり夜這いOKと言う意思表示ですか?
未だに貴方と言う人が掴めないのですが。
しょうがない、まず先に疑問をに答えてもらおう。

「えーとですね。何故、このような場所でお眠りになられているのでしょう」
「屋上は男の夢だからっ!!」
「おぉ、納得……出来る訳ないじゃないですか!!」

あれか、もしかして彼女は天然系美少年で俺は今まで女の子と間違えていたという事なの
か。
……いや、そんな訳あるまい。それに、確かに屋上で眠るというのは男の夢だ。
だがしかし布団まで完備しているとは並大抵の男の夢レベルではないぞ?
……出来るっ! 彼女はそこいらの男より遥かに出来るっ!

「そんなに褒められると照れる」

か、顔に手を添え、ふるふるするとはっ!
萌えポイントを把握している。やはり只者ではないっ!
……って、心が読まれてる!? もしかしてエスパーなのか!

「ESP保持者と呼んで。そっちの方がカッコいい」
「ああ、すみませんでした。……って、また読まれた!?」
「ぶぃ」

Vサインまで決められた……。ふっ、負けたよ。
アンタにゃ勝てねえ。俺もここまでの人間だったという事だな。

「全部、口に出しているという王道展開は予測出来なかった?」
「しまったぁぁあ!! それがあったか!」

不覚だ。一生の不覚だ。もう師匠に顔向け出来ねえ。師匠なんかいないけど。

「……そして朝食は米派だ」
「な、何故お分かりになられた?」
「君の制服の残り香で」
「それが昼食でないと言う根拠は?」
「私のお米への愛がそんな障壁ごとき打ち破る」

やはり彼女は只者ではない様だ。……何か間違ってる気がするが。

「米派だったからさっきの事は許す」
「えと……お姫様抱っこの件ですか?」
「夜這いの件です」
「いや、夜這いはしてませんよ、ESP保持者様」

この人はどうしても俺に夜這いさせたいのだろうか。

「ちなみにパン派だった場合はどうなるのでしょう?」
「1年間、農家での職場体験コース」
「それを断ったら?」
「夜這いされたと言い触らす」

あぁ、お父様、お母様。俺は毎日美味しいお米が食べられて幸せです。
お陰で無実の罪をきせられないで済みました。

「……じーっ」

またも見つめられてますね。効果音つきで。

「あ、あの。何でしょう?」
「自己紹介」

なるほど、すっかり忘れていた。

「俺は修です。秋月修、ピカピカの高校一年生」
「ふむふむ、そうか」
「はい、そうです」
「……」
「流れ的に貴女に自己紹介して頂けると嬉しいのですが」
「ん、ああ、ごめん」

流石だ、予想通りに行かないのが彼女なんだな。何となく把握した。

「私は修です。水上修、ピカピカの高校三年生」
「…………はい?」

あれ? 嘘、マジでこのお方は男性でイラッシャリマシタカ?
それとも、修という名の女性の方かしら。

「あ、字が違った。修じゃなくて秋。
 親は『あき』と名付けたつもりみたいだけど」

まったく、字間違いはしちゃ駄目ですよ。
……会話してるのに字間違いとかあるのか?
ま、まあそういう日もあるんだろう、うん。

「と言う訳で私の事は 『しゅう』って呼ぶ事。
 むしろ『シュー』と呼びなさい」
「い、イエッサー」

サーって男に対する敬称だったような。よかったのか?
まあいいか。俺なんかよりも完全に男レベルが高いし。
……女としてのレベルも高いみたいだけど。可愛いなぁ。

「ちなみに軍隊では性別に関係なく、強調としてサーを使うのが一般的」
「これは一つ勉強になった。……って、また俺口走っちゃった!?」

という事はつまりですね。
可愛いとか言ったのも全部聞かれてたりする訳ですか。

「私の男レベルと女レベルどっちが高い?」
「そう上目遣いされると、やっぱり綺麗な女性だと
 強く感じてしまいますので、どちらかと言えば……。って、何を言わせるんです
か!」
「……もっと平均的にレベルを上げないと後半の戦いが辛くなるな」
「RPG?」

恥ずかしい事を言ってしまった気がするが
上手く話が逸れたので、よしとして置くか。

「さて、修副部長君」
「修復部長?」
「入部したところで早速、一緒に部活動をしよう」
「はい、ではお言葉通り部活動を…………部活動?」

俺、まだ何処の部にも入ってないよね?
木工ボンド部がちょっと気になったくらいで。

「今日は布団が一つしかないから、はいどうぞ」
「ああ、どうも。よいしょっと。……って、これ添い寝状態じゃないですか!!」

これはつまり先輩のふにふにをこの身を持ってして味わうという部活……な訳あるか!

「せ、先輩。これの何処が部活なんですか!」
「動くと寒い。それから先輩じゃなくてシューと呼ぶ事」

あぁ、捕まってしまった。と言うか抱きつかれてしまった。
……待て。これじゃ完全に変態さんまっしぐらじゃないか。
誰かに見つかりでもしたら大変な事にっ!

「大丈夫、ここは何時もは鍵を掛かってて誰も来ないから」
「ああ、それなら安心。……じゃないですよ! 大体、現に俺が来てるじゃないです
か!」
「……君の様な人は初めて」

そりゃあそうか。この俺の偉大なる男の夢を理解してくれる人なんて数少ないもんな。
それにもう夕方だし。あーあ、夕日が眩しい。お陰で今の俺の顔は赤くなってるんだろ
うなー。
サラサラの髪からいい匂いがして、ドキッとするや、あはは。

「同じ布団で寝ていて、しかも抱きつかれていると言う
 とっても辛い状況には何とか納得したので、そろそろ何の部活動か教えて下さい」
「辛いの?」
「男として何かを我慢できなくなりそうです。先輩はからかってるだけなんでしょ
う?」
「……それはどうかな」

先輩が只者じゃ無い事はよく分かったから
きっと感性も只者じゃないんだろうな。これは先輩の中ではあくまで部活動なのだろ
う。

「ともかく先輩ではなくシューと呼ばないと、夜這いの件を言い触らす」
「分かりましたから、お待ちくだされ、シュー様っ!」
「ん。それから部活動は、もっと真面目にする事」
「了解しました。で、何の部活なのですか?」

散々話が逸れてきたからな。そろそろ聞かせてもらわねば。

「それは……」
「はい、それは?」
「…………ぐうぐう」

うわ、また眠られてしまった。もしかして居眠り部とかなのか。
それはそれでまた、男の夢レベルが高い部活だな。何はともあれ、再び肩をゆさゆさ。
あ、起きた。

「ん? ……私は君と」
「先輩後輩関係で何故か同じ部活に所属していますが、今日が初対面でございます。
 で、肝心の何の部活なのか、と言う質問の返答待ちの真っ最中でございます、シュー
様」

先手ゲット。先読み完璧。自分でも惚れ惚れするくらい上手く言えた。……息がヤバい
が。

「んー、そうだった。えっと、この部活はね」
「はい、この部活は?」
「居眠り部」

来た、ビンゴぅ!! 今日の俺は冴えてるぜ。

「……だと思うような奴は農家に謝れっ!」
「ナヌっ!?」
「正解はお米部。正式名称は、『屋上で布団を敷いて熟睡。水上秋はお米の夢を見る
か?』部」

ど、何処からツッコめばいいんだ。
隙が無い。全く隙が無い。やはり只者ではない。
何で農家に謝らないといけないのかが分からない!

「君が入ったから、部活名を変えないとね」
「そんなに簡単に変えられるって事は、やっぱり正式な部活じゃないんですね?」
「……お米の力を馬鹿にすると痛い目をみる。
 大抵の人は大量のお米を前にすれば目が眩み何でも言う事を聞くようになる。
 そんな薄汚れた奴を私は今まで何人も見てきた」
「……そんな人、あんまりいないと思うのですが」

あんまりとしか言えないのが怖い。
先輩の様に米への執着心が高い人がいないとも言い切れない。
でもまさか米をエサに顧問を捕まえたなんて事はない……とも思えないのが先輩か。

「侮るな! 油断は禁物だ」
「それに、先輩……シューさんは薄汚れてなんかいないでしょ?」
「わ、私がお米で何でもいう事を聞くと思ったら大間違いなんだからねっ!」
「ほら、動揺してツンデレになってます」

こういう時は照れるのね。……やっぱり可愛いな。

「とにかく部活動を再開するから君も眠りなさい」
「まだ活動目的が掴めていませんが、了解しました、シュー部長」
「うん、宜しい」

何やってんだろうな、俺。
高校に入学して屋上に来てみたら、女の子と布団で添い寝ですか。
しかも気付いたらに部活に入部させられてるし。まったく、意味が分からないよな。

「あ、大切な事を忘れてた」
「はい、何ですか?」
「私がもしお米の夢を見ていたら、カウントして。
 自分でカウントしようとすると夢の内容を忘れてしまう事があるから」
「え、どうすれば俺が米の夢を見てると分かるんですか?」
「……ぐうぐう」
「寝るの早っ!」

でも空に浮かんでる夕日が綺麗で、そして隣に可愛いけど変な先輩が寝てて。
しかも俺に向かって幸せそうに寝息をたててなんかしたりするとだな。
これからどんな高校生活になるのかなと少しドキドキして来たりなんかする訳だ。

「悪くない……よな」

うん、悪くない。この先、もし部活動とやらが続くなら
シュー先輩に振り回されっぱなしになるだろうし
きっと先輩は俺の事なんか微塵も意識してないんだろうけど悪くない。
先輩の温もりを感じながら、俺はそんな事を思った。

「……お米、お米」
「なるほど、これならカウント出来る」
「あきづき……しゅ、う」
「も、もしかして俺の夢も見てくれてる?」
「そっちは米の底無し沼だー。あ、沈んでった。……羨ましい」
「……楽しそうな夢を見ているようで」




「水上秋先輩かぁ……」

一日経った今考えると、昨日の事が夢のように思えて仕方ない。
あの後、日が完全に沈んで寒くならない内に先輩を起こして
そして明日も放課後に屋上で部活動をするからと言われた記憶は確かにある。

「でもなぁ……」

冷静になって考えれば、あんなに可愛い先輩が初対面の俺と添い寝をしていたとなる訳で。
しかも抱き着かれたり、お姫様抱っこしちゃった訳で。

「うん、あれは夢だ、幻覚だ、妄想だ」

そう自分に言い聞かせてるのに。

「何故、俺は屋上にいるのだろう」

そしてそこには夢でも幻覚でも妄想でもなく間違いなく、先輩が布団で寝ているのだった。

「……さて、起こすべきか起こさぬべきか」

それが問題だ。でも起こさないと素直シュールな話にならないしなぁ。
って、そんな舞台裏の話は置いといて。

「仕方ない。今日も必殺技の肩をゆさゆさで……」
「緊急事態発生! 緊急事態発生!」

な、何だ!? 敵襲か! 宇宙人の侵攻か!
それとも全然素直シュールじゃない展開にスレ住人がお怒りか!

「動くな!」
「ホワァット!?」

首筋に何やらひんやりとした物が当たってますよ。もしかして銃口ですか、銃口なんですか!?
こ、これが噂のバットエンドか。何処で選択肢を間違えた?
あぁ、そうか。先輩の出番を俺が潰してるのがいけないのか。
それだったら別に俺、最初から出さなきゃよかったんじゃ。
い、いや諦めるのはまだ早い。ここは何とか生き残って……。

「バーン!」
「う……ぐっ……お、俺は……ここで終わるの、か」

あぁ、意識が遠くなる。もう長くはないんだな。

「安らかに眠りたまえ」
「……って、何やってるんですか、シュー先輩!」

えーと、状況確認。目の前には先輩が。
その右手には銃ではなく、スプーンが。そして俺は何時の間にか布団の中に。

「いい子、いい子」
「あ、頭を撫でられると恥ずかしいですって!」
「子守唄、歌おうか?」
「あー、それは是非ともお願いします。……い、いえそうじゃなくて」

「んー」と首を傾げられてもなぁ。とりあえず、最初から説明してもらわなくては。


「第一の質問です。さっきの緊急事態発生! って、あれ何ですか?」
「お米部専用目覚まし時計」
「ああ、それなら納得……出来ないですよ!」

お米部恐るべし。

「ちなみ私に生命の危険が迫った時になる仕組み」
「危険?」
「……君から殺気がした」
「殺気?」

俺はただ肩をゆさゆさしようとしただけの筈だけど。

「最近のは全然必殺じゃないけど、それでも大ダメージなんだからねっ!」
「そんな簡単に倒せたら、ゲームバランスがめちゃくちゃですからね」

……って、あ、そういう事か。必殺技だったのがいけなかったのか。

「そして、身の危険を感じた私は咄嗟に得物を抜いて反撃」
「スプーンで反撃するのもどうかと思いますよ?」
「早とちりした君は銃と勘違い」
「……思考回路はショート寸前でしたよ」
「ゴメンね、素直じゃなくて」
「素直分はともかく、シュール分はたっぷりなんですけどね、シュー先輩」

ネタにネタで返してくるところとか、まさにシュールだと俺は思うんだ。

「で、第二の質問です。怯える俺にバーンは酷いんじゃないですか?」
「……バキューンの方が良かった?」
「いや、効果音の問題ではなく」
「バキューンタイム、スタート!」
「ど、どちらの選択肢が好感度UPするんだ! ……って、某双子ゲームのアレですか!」

元ネタを解説しないと分からないようなギリギリのネタは
使わない方がいいと思うんですけど、先輩。

「拳王に後退はない」

男らしいです、先輩。でもそれは女子高生が言う台詞じゃありません。
……気にせず、次の質問に行こうか。

「第三の質問です。何故、俺は布団の中にいるのですか?」
「早とちりで演技派な君は撃たれて布団にダウン。安らかな眠りについたのでした、終わり」
「あはは、そうだったのかー。これで謎は全て解けた。じゃあ、お休みなさいー」

何だかんだでノってた自分から逃避。あぁ、枕が柔らかい。

「お休みー」
「……って、何してるんですか、シュー先輩っ!」
「男の夢、膝枕」

男の夢をよく分かってるなぁ。うむうむ、流石先輩。……いやいや、そうじゃなくて。

「先輩……」
「動いちゃ駄目。部長命令」
「で、でも……」
「部長命令」

物凄く恥ずかしいのですが、動いては駄目ですか。そうですか。
し、仕方ないからこうしてるんだからねっ!
別に好きでこうしてもらってる訳じゃないんだからっ!
……止めよう。一人で脳内ツンデレ繰り広げても虚しくなる。

「わ、分かりました」

あぁ、いい匂いがするんだよな。女の子の匂いって奴?
でも勘違いしちゃいけないんだ。これは俺が好かれているからじゃない。
これはきっと先輩が……水上秋先輩がそういう人だから。

「ん、宜しい」

笑顔なんか浮かべちゃって無防備だなぁ。俺じゃなかったら襲ってるぞ、多分。
……そうだよな、多分他の男にもやってるんだよな。
少し胸がチクリとする。ヤバイな、会って二日目。時間にして数時間。
なのにどうも惚れ始めてるみたいだ。……落ち着け、俺。
まだ俺は先輩の事をほとんど知らないしな。せいぜいお米が好きで少し変わってる事くらいしか。

「ふぅ……」
「疲れてる?」
「いや、大丈夫ですよ。で、結局部活と言うのは何をすればいいんでしょう?」

また、先輩が米の夢を見るかどうかを、俺が確かめるというあれをやれば良いんだろうか。

「その事に関して重大発表があります」
「……何っ!?」
「では耳の穴をクリーニングに出してよくお聞き下さい」
「わぁ、それは大変。あそこのお店、今日は閉店時間が早いのよねー。
 ……って、出来ませんよ、流石にそれはっ!!」

……かっぽじって、て言いたいんだよな。
決して俺の耳を驚きの白さと柔らかさにする策略じゃないよな。

「出来ないの?」
「期待の眼差し攻撃されても無理です」
「という事は仕方ない」
「諦めてくれましたか」
「じゃあ私が耳掻きでクリーニングするという方向で」
「ええ、前向きに検討させて頂きます。……って、どっから出したんですか、それ!?」

宮本武蔵をも圧倒しそうな勢いで二本の耳かきを構えてる先輩。
事前に準備してたのね、この人。うむ、流石男の夢レベルが高い人だ。
……いや、驚くべきはそこじゃない。

「ほーら、男の夢、女の子の膝の上で耳掻きイベントが出来るんだぞー」
「ああ、洗脳されて思わずお願いをしてしまいそうに……。だ、駄目ですって。耳掻きイベントはっ!」
「駄目なの?」
「そういうのは彼氏とか意中の相手とかにしてあげて下さいっ!」
「……君にそこまで言われてしまったら、諦めるしかない」

少し残念だが俺は間違ってないはず。……あぁ、ごめん、嘘ついた。途轍もなく残念。めっちゃ悔しい。
それに彼氏や意中の相手……なんて、そこで諦めたという事はやっぱりそういう人がいるって事なんだろうな。

「じゃあ、代わりに重大発表がちゃんと聞こえる様に耳元で囁くという事で」
「……」
「……あれ、慌ててくれない?」
「は、はい、何でしょうか?」
「むぅ、やっぱり何かおかしい」

いや、おかしいのは俺じゃなくて先輩……って何考えてるんだ。えっと、俺が何かおかしな事したかな。

「……では重大発表を始めます」
「あ、はい、お願いします」

そうだった、話が逸れまくって忘れてた。

「実は……何をすればいいか分からなくなってしまいました」
「……もう少し詳しくお願い出来ますか?」
「この間、私がお米の夢を見る事が判明したのでやる事がなくなった」

お米部。確か正式名称は『屋上で布団を敷いて熟睡。水上秋はお米の夢を見るか?』部。
そして昨日、俺が先輩が米と呟いているのを確認したから……そういう事か!

「謎は全て解けた!」
「流石だな、明智君」
「……台詞的にはそっちじゃない様な?」
「理解してくれたのなら細かい事は気にする必要は無い」

ま、いいか。意味が通じるのならば。理解できるのなら。
……先輩と会話してると尚更そう思う。分かり辛い表現を使ってきたり。
でもきっとそれは悪い事じゃない。個性の一つなんだろう。


「そこで君も部活に入ってくれた事だし、やっぱり部活名を変えたいと思う」
「簡単に変えられる事にはもうツッコミを入れません。……どんな名前にするんですか?」
「それが問題なんだ」

俺は未だにこの部活の発足理由すら分からないのに、先輩に悩まれるとなぁ。
名前でやる事が決定してしまいそうな勢いだし軽い気持ちで意見を出すと大変な事になりそうだ。

「名前の何処かにお米を入れるのが歴史ある部の伝統なんだが」
「……何時からあったんですか、こんな部」
「私が入学した時に作った」
「二年間近くもやってたんですか!?」

と言うか、高校に入ってすぐですよ。行動力高すぎですよ。
パラメーターが最早高校生レベルじゃないですよ。

「去年、部活中に知り合ったスズメにでも相談してみようか」
「あ、名案ですね、ではそうしてみましょうか。……ん、今さらりと凄い事言いませんでしたか?」

もしかして動物との会話能力保持者様?

「お米をあげたら懐いた。呼ぶと飛んで来てくれる、私の友達」
「そうだったんですか、素敵な話じゃないですか」

鳥と友達なんていきなり言われたら、何を言ってるんだと思うかも知れないけどさ。
そういうのって俺は素直にいいなって思う。

「俺も一度会ってみたいなー」
「……食べても美味しくないよ?」
「分かってますって、スズメは獲れる肉の量が……って、言われなくても食べませんよっ!」

待て、その前に今、俺は何を口走ろうとした。
これじゃいかにもスズメを食べた事がある人みたいじゃないか。
べ、別に食べた事なんて無いんだからね!
朝、昼、ご飯を食べてなくてお腹が空いてた時に美味しそうに見えたなんて事ないんだからっ!
ちなみに小鳥の中では美味らしい。……た、食べないですよ?

「パン買って来いとか言っても買って来れないよ?」
「スズメ目ハタオリドリ科の鳥に……と言うかシュー先輩の友達にパシリなんかさせませんって!」
「パンの場合は私が全力で阻止するから」
「……パンの場合は、ってどういう事ですか?」
「ご想像にお任せします」

別の物ならいいのですか、先輩?

「ちなみにプランクトン」
「……え?」
「スズメの名前」
「何故、その様な名前に?」
「……食物連鎖って怖いよね」

ええ、そうですね。俺がスズメを食べたり。……いや待て。だから食わないって。

「ともかく部活名の事は宿題にしておきます」
「流れを完全に無視ってますけど、了解しました」
「……」
「どうかしましたか?」
「そうだ、思い出した」

果てさて、何を思い出されたのでしょう、このお方は。

「取り出したるは二本のスプーン」
「あ、それ何の為に持ってたんですか?」
「当ててみて」

普通に考えれば食事する為だよな。普通に考えれば。
分かっている、正解が普通では無いであろう事は。
……そ、そうか! スプーンが二本という事は先輩のと俺の分。
つまり一人につき一本。他に道具を持っている様子はない。そこから導き出される結論はっ!

「ちなみにスプーン曲げする為じゃない」
「スプ…………。いえ、何でもありません」

自信満々だったのに、見事に先読みされた。何故だっ! 俺の考えが浅かったと言うのか!
いや、理由は簡単だ。坊やだからさ。……って、全然カッコよくないぞ、俺。

「ごめんなさい、正解を教えて下さい」
「正解はスプーン曲げをする為」

何っ!? だ、騙したのか!
純真無垢の穢れ無きピュアなハートの俺を騙したというのかっ!
……すみません、言ってて恥ずかしかったから今のは無しで。

「膝枕されてるのは恥ずかしくないの?」
「そっちの方は行数が大分空いてるんで忘れてました。……って、そうだった!」

俺、膝枕されてるんだ。……意識してしまうと恥ずかしい。
……って、あれ、また俺喋っちゃってる?
くそぅ、恥ずかしさで人が殺せるならっ!
……待て、そうしたらこの場合は自殺になってしまうのか? うん、自殺はイクナイ。止めよう。

「やっぱり面白い」
「何がですか……って、だから頭を撫でられるのは恥ずかしいですって!」
「表情がころころ変わるから実験し甲斐がある」
「か、からかってるんですね!?」

手玉に取られるのは悔しい。
悔しいけど……悪くないと思ってたりするのは先輩には内緒。

「んー、ちなみにさっきの正解だけど」
「あ、そうですよ先輩。俺の事、騙しましたね!?」
「正解はスプーン曲げをする為だと勘違いする君に
 先に答えを言ってしまう事で、落ち込ませて、そしてその顔を私が楽しむ為」

多重に巧妙に仕組まれた罠だったという事か!!
完全に騙されたぞ。しかも二回も。こいつぁ、おったまげたぜ!

「はぁ……シュー先輩には敵いませんね」
「そうでもない」
「そんな事ありませんって」

何をやっても負ける気がする。
特にプチプチ君早潰しとか米粒数えとかでは圧倒的な差で。

「……うん、決めた」
「何をですか?」
「部活名」

わーい、宿題が無くなって嬉しいなー。……ん、ちょっと待て。決まっただと?

「ど、どんな名前ですか?」
「ふふふ、聞いて轟くな」
「惜しいですが、多分驚くなの間違いですよ、シュー先輩」
「そういう指摘をするのが修復部長の役目」
「いえ、修副部長ですって」

しかも修復って壊れてるものを直すって意味なのに。字間違いとかはカバー出来ませんですよ。

「さて、名前だけど」
「あ、軽くスルーされた」
「お米部。正式名称は、『秋月修の百面相の謎をお米好きの水上秋が解決しつつ、屋上で熟睡』部」
「……百面相の謎?」

長すぎる正式名称は予想通りだったけど、謎って何だ?

「君はころころ表情が変わる。これは実に興味深い」
「シュー先輩に手玉に取られてるせいだと思います」
「という訳で、私はもっと君の事を調べたくなった」
「あ、またスルーされてる。……って、何ですとぉ!?」

こ、これはお前の体を隅々まで調べてやる、ぐへへ。とか言う展開!?
「初めてだから、優しくして下さいね」って言うべきだろうか。
それとも、「嫌っ! 止めてっ!」とか言う方が先輩の好み……って、何考えてるんだ俺は。

「そんな部活動っていいんですか! 成立しちゃうんですか!?」
「私に出来ないことなんて、無い……、って言ってる私もいたし」
「それは先輩じゃなくて別の素直シュールさんですよ!」

こんなん部活ありなんだろうか。あるんだからあるんだろうけど。

「あー、本気なんですね?」
「男に二言はない」
「……男らしいです、シュー先輩」

もうどうにでもなれ。つまりはこういう事だろ?
先輩の玩具になって、からかわれまくれという事なんだろ?
……あれ、それってよく考えたら美味しいポジションなんじゃ。

「明日からも宜しく」
「……はい、分かりました」
「ん、良かった」

……まあ、今はいいか。俺が先輩に惚れそうだとか。
他の人にも同じ様に接してるんだろうと思うと嫌だと思う事とか。

「……少し疲れたかな」
「眠ってもいいよ?」
「……すみません。そうさせてもらいます」

今はただ、先輩の膝を枕にこうして眠れるだけで俺は……幸せなんだから。

「お休みなさい、シュー先輩」
「……ぐうぐう」
「って、膝枕しながら俺よりも先に寝てるっ!?」

あぁ、全くこの人は想像を裏切ってくれるんだから。




「眠ったかな?」
「すぅー、すぅー」

寝たふり成功。目標、秋月修は睡眠状態に入った。百面相の謎を解く上でまた一つ重要な資料、寝顔を入手。

「……不思議。君は不思議」

今まで入学してから私を除いて誰一人としてこの部活に入った事はない。
でも、目の前の君は確かにこの部活に入ってくれた。

「君は私の友達?」

だとしたら嬉しい。可愛いとか言って近づいてくる男はよく分からない。
私の何を言っても訳の分からない顔をして引っ張る。
それでも私が喋ると、今度は馬鹿にされたと言って怒った顔をして遠ざかって行く。

「……君は花粉だ」

君が側にいるとムズムズする。だからマスクを着けなきゃいけない。
でもそれも、きっと春だけの事だろう。そう遠くない内にもう私の所へは飛ばなくなってしまうのだと思う。
だからこのムズムズが何だか気持ちいいと感じても近づいてはいけない。
すぐに訪れなくなるから。そしてそれは体に良くないものかも知れないから。
でも……やっぱり近づく。気持ちいいから。

「私も君には敵わない」

そんな事ないって言っていたけど、やっぱり敵わない。
罠にかかった。君から遠ざかりたくないと思わされた。悔しいので今度また罠に掛け返そうと思う。

「という事は友達じゃなくて敵だ!」

衝撃の新事実だ。気がつかなかった。
今度から得物はスプーンだけじゃなくてフォークとナイフも持って来よう。
そして一緒にご飯でも食べながら、宣戦布告をしなければ。よし、生米と炊飯器も必要。今から楽しみ。

「……敵とご飯を食べるのは楽しいの?」

んー、よく分からないけど敵もお米が好きならそれでいい。仲良くなれれば戦わないで済む。同盟条約。

「でも君と私は仲がいい?」

そうすると戦わなくていいから一緒にご飯は食べられない。でも、それは嫌だ。どうしよう、困った。大変な事態だ。

「そうだ、いい事を思いついた」

強大な第三勢力を倒す為に一時的に同盟を結ぼう。
そうすれば敵だから戦わなきゃいけないけど、戦わなくて一緒にご飯が食べられる。……食べられるの?
よし、この前見かけた三国志とか言う本を参考にしてみよう。

「……でも今は眠いから寝よう」

お休みなさい。……んー、今日も君からお米の残り香がする。




「……俺は」

俺はどうすればいいんだろう。どんな顔をして先輩に会えばいいんだろう。
お昼休み、屋上に向かいながら思い出すのは今日の、ついさっきの悪友との会話。

      ◇ ◇ ◇

「なあ、水上秋って名前の先輩を知ってるか?」

ただ、興味本位で。信頼してる悪友になら先輩の事を少しくらい話してもいいかと思って尋ねたんだ。

「知っているが……何だ、惚れたのか?」
「んー、惚れたと言うか……って、知ってるの!?」
「たまに噂を聞くぞ。容姿端麗、頭脳明晰の才色兼備。男の夢レベル高そうだな」

噂があるなんて知らなかった。しかも頭がいいだって?
失礼だけどそれは意外だった。男の夢レベル、大幅アップだ。

「だが気になる事もある」
「他にもあるのか、早く教えてくれ」
「……あくまで噂だぞ?」

構わん。こういう場合、噂を聞く事でイベントが発生したりするものだ。
展開が王道で嬉しい限り。やはり高校生活はこうでなければ。
さて、どんな噂が飛び出すやら。実は宇宙人とかが在り来たりだがちょいと古くていい感じか?

「何というか、彼女は個性的な話し方をするそうでだな」
「ああ、それは知ってる」

お前も十分、個性的な口調の気がするけどな。まあそれは置いといて。

確かに先輩の話は予測不能だ。何度もこの身を持って味わってきた。

「その為もあってか、あまり友人には恵まれていないらしい」
「ほうほう……待て、どういう事だ」

今、お前は何と言った。俺の聞き間違いか?

「頭がいい、外見もいい。そんな彼女に嫉妬や尊敬をする者は自然と間を空ける。
 近づくものは、その話し方に圧倒されるとでも言うか、ついていけないそうだ」
「……嘘だろ?」
「あくまで噂だ、あまり信じるな。だが火の無い所に煙は立たないだろうな」

嫉妬に尊敬、圧倒。だから友達が少ないだと?

「少し落ち着け。こういう事は悲しいが別に珍しい事ではない」
「俺が気にしてるのは珍しいとかじゃなく!!」
「それに全く友達がいない訳でもあるまい。それから何度も言うがこれは噂だ」
「……すまん、冷静さが足りなかった」
「気にするな」

コイツに怒鳴るのは御門違いだしな、反省せねば。

「まあ、そういう訳で水上秋と言う先輩を私は知っている。これでいいか?」
「ありがとう、お前が話してくれなかったら知らないままだった」
「……そうだ、その先輩に関する話でもう一つ言いたい事があった」
「ま、まだ何かあるのかっ!?」

一体、他にどんな噂が?



「幸せを決めるのは友人の数では無いぞ。本人が幸せと思うか否かが重要だ」
「……それがどうしたんだ?」

幸せの定義と言う奴か。でもそれが今、何と関係しているんだ。

「いや、君がいるのだからな。彼女は幸せなのだろうなと思っただけだ」
「何故、俺がいると先輩が幸せに?」
「同じ様な境遇の私がそうだったから恐らく彼女もそうなのだろうとな」
「さっきから言ってる事が訳分からんぞ?」

同じ様な……たって、確かに顔も頭も良し。
個性的な話し方の装備は先輩と同じだが中学時代のお前は人気者だったろ。
何人かの女子からはお姉様とか言われて慕われてたよな。告白もよくされてたな。
未だにその理由が分からんのだが、確か全員断っていたな。何故だ?

「分からないならそれでいい。要は彼女を悲しませるなという事だ」
「りょ、了解?」
「あんまりグズグズしていると、嫉妬が抑えられなくなるから急ぐ事を勧める」
「嫉妬?」
「すまない、失言だった」

んー、よく分からんがお前も大変なんだな。
何時も助けてもらってばかりなのに気が回らなくてすまん。でもその願いはしっかりと了解したぞ。

「さて、今日の昼休み。その先輩に会うのだろう。君はどうするのかな?」
「何故にそれを知っているっ!?」
「何でだろうな。……そうだな、私もESP保持者なのかも知れないぞ?」
「つまり知らない間に色々口走っちゃってるって事だよね……」
「ふふ、何にせよ頑張りたまえ」
「ありがとう、クー」

      ◇ ◇ ◇

で、屋上へ出る扉の前まで来た訳だが。
先輩の前で下手に噂に関する事を口走るような事態だけは避けないとな。
しかし本当にどうしたものか。何で今日に限って昼に集合なのかも分からないし。

「まー、成る様に成れと言う奴ですな」

よし、開き直ってやる。何でも来いっ!
今の俺は誰にも止められないぜ。さあ、いざ青空の下へ。
扉を開け、俺は心を解き放ち、爽やかな風を全身で感じ――。

「……あ、あれ?」

体が宙に浮いてますね。世界が落ちて行く?
ああ、違う。もっと単純な事だ。俺は――。

「転んだんだっーー!! ……ぐふぁ!」

手をつく間もなく思いっきりこけた。ついでに顔面を強打しました。
お父さんお母さん、先立つ不幸をお許し下さい。バタッ。

「大丈夫?」
「お気遣いは無用です。今、リアルタイムで死んでる真っ最中ですので」

もしかして天使からの声だったのか?
それなら天国への行き方を尋ねておいた方がよかったか。
140円しか無いけど、乗り物に乗れるかな。やっぱり徒歩?

「おお しゅう よ しんでしまうとはなさけない」
「情けないのは百も承知ですがトラップ設置は酷いのではないでしょうか?」

そろそろ現実に戻ろう。先輩、何か仕掛けたでしょう。

「……これは孔明の罠か!?」
「あ、あの?」
「止むを得まい、ここは一時休戦しよう。さ、こちらへ」
「あ、どうも」

何だか妙に演技に気合いが入ってるので従ってみる。で、今日も出ました万能アイテム布団。
部活の正式名称からはさり気なく姿を消したものの、相変わらずの出席率。その横に置いてあるのは……炊飯器?

「しかし大変な事になった。まあ、座って」

そうですね、大変だ。何と言っても炊飯器だ。
幾らお米部でも、その領域まで行ってしまうとは恐ろしい。あ、ちゃんとコンセントに繋がってる。

「我々は敵同士。しかし状況が状況」
「と、言いますと?」
「あの孔明の力は侮れん。ここは握り飯でも食べながら仲良くしようではないか」

先輩が開けたその炊飯器の中にはおにぎりが。これはもしかして女の子の手作りと言う奴だろうか。
ん、という事はよく分からないけど今までの流れを察するに
俺はこのおにぎりを食べていいという事だよな。時間的にもお昼だし丁度いい。

「あ、その為にお昼休みに俺を呼んだんですね!」
「そう、つまりは同盟を結びたい」
「同盟? 分からないけど分かりました。是非ともそうさせて頂きます」
「……よかった、これで一緒にご飯が食べられる」

問題が分からなくても答えが分かれば正解できるんだ。
腑に落ちない部分もあるが、ご飯を食べれるという正解は悪い事ではない。

「お昼、まだだったんですよね。美味しそうだなー」
「厳選した米だけを使用しているから、不味いなんて言ったら退部」

それは是非とも勘弁して欲しい。何だかんだいって俺はこの部活が好きなのだから。

「ではこのおにぎりを頂きます」
「ん、自由に好きなのを取って」

まずは一口。……うん、美味い。白いご飯がこれほどまでに美味しいとは。
さて、落ち着いたところで今日も何時もの様に一つずつ行きましょうか。

「では、第一の質問です」
「恒例の質問たーいむ」

ごめんね、俺が先輩のやってる事を全て瞬時に理解できればいいんだけどね。
おじさん馬鹿だから、孔明の罠とか炊飯器とかの展開にツッコミを入れたくなってしまうんだ。
言語理解能力が低くて本当にごめんね。でもそんな自分が結構好きなの。
……って話がずれてるがな。戻さなければ。

「あの罠なんですか?」
「……孔明の罠?」

直球をバントでヒットにされた気分だ。……分かり辛いな。
いっその事、某ファミコンゲーム風にバントでホームランと言う表現を使うべきだったか。
ちなみに先輩、疑問文に疑問文で返すと0点になっちゃうんですよ?

「足元に紐を張っただけの仕掛けの単純さから見て、先輩の罠かと」
「酷い! 私の事、そんなトラップしか仕掛けられない女だと思ってたのねっ!?」

いや、レベル的に先輩はもっと高度な罠を仕掛けられそうな気がしますよ。
何となくそんな事を感じさせる。……念の為に確認するが褒め言葉だぞ?
それに俺はもう既に先輩の罠に掛かってるしな。
気付いたら先輩の事を思い浮かべてしまったり、抱きしめたくなってしまう罠に。
もうドップリ浸かっている様で簡単には抜け出せないみたいだ。無論、抜け出す気は無いが。

「シュー先輩って笑いながら爆弾の一つや二つ、解体できそうですよね」
「……そ、そんな事言われたら怒るに怒れないじゃない!」

ツンデレ発動。うむ、照れてる照れてる。ちなみに何故そこで照れるのかと問う事はしない。
可愛いは正義。先輩の照れ顔を拝見できるのなら、そんな野暮なツッコミはゴミ箱へポイだ。

「さて、第二の質問へ行きましょうか」
「かもん米べー」

英語をひらがなと漢字で発音できちゃってる点には触れないでっと。

「この炊飯器どうしたんですか?」
「……メアリーに興味があるの?」

炊飯器なのに外国の名前で女性なんですか。それは驚きだ。
是非とも命名理由を尋ねたい。深い意味は無さそうだけれど。

「この脚線美に魅了されたと見える」
「いや、足なんて無いですよ。この炊飯器」
「……心が穢れているのね。可哀想な人」

何故だろう、当たり前の事を言った筈なのに物凄く自分が哀れに思えてきた。
つまりあれなのか。純粋な人にしか見えないという妖精的存在なのですか、炊飯器の足は。

「自称、純粋無垢な穢れ無きピュアなハートの持ち主なのにね……」
「その目は止めてっ! どんどん自分が惨めになっていくっ!」

まだ俺の恥ずかしい台詞を覚えていたとは。……もう泣いてもいいですか?

「分かりました、その炊飯器の事はもう尋ねません」
「さっきから違う。炊飯器じゃなくてメアリー」

おお、メアリー、メアリー。どうして貴方はメアリーなの。

「……メアリーの事はもう尋ねません」
「そういって、また私に隠れてメアリーと会うのね!」
「……」
「あの日、もし私がメアリーと貴方を会わせなかったら……こんな事にはならなかったのに」
「違うっ! 俺は彼女と出会えたからこそ自分の本当の気持ちに気がついたんだ!」
「で、でも貴方はメアリーの事を……」
「違いますよ、俺が本当に愛しているのは……って、ちょっと待てぃ!」

話が脱線しまくってる上に俺と先輩と炊飯器の三角関係が発生してたぞ。
何だこの展開は。危うく先輩に告白するところだったぞ。話を戻さねば。

「あー、で、結局そのメアリーは何処で買ってきたのですか」
「人身売買?」
「……」
「炊飯器の事ならお米部の予算で買った」
もしもし、メアリーさんは何処へ行ったのでしょうか。……帰国?
炊飯器萌えのブームが終わったという解釈でいいのだろうか。ん、そういえばお米部の予算?

「予算なんてあるんですかっ!?」
「ほら、私って何でもありだから」

それは本人が言っちゃいけない事だと思うんだ。何でもありだからいいけど。

「そろそろ第三の質問を。敵同士って何ですか。初耳ですよ?」
「んー、違うよ。今は同盟を結んだから仲間」
「今は置いといて、前は何故に敵同士?」

と言うか、同盟なんて結んだのか、俺。そういえば適当に了解してたかも知れん。

「……何でだっけ?」
「覚えて無いのに敵認定だったのですか」

レベル的にはどの辺りだったのか聞いてみたかったのに。
まあ俺のレベルから冷静かつ客観的に考えるとスライムさんと、ゴブリンさんと、クリボーさんが同僚ってとこだろうな。
あれ、自分で言ってて悲しくなってきた。

「君は花粉で、友達じゃなくて敵で……」
「俺って脳内でどんな扱いを受けているんだ」

微妙といえば微妙な関係だし、仕方が無いか。しかし、せめて友達扱いぐらいのレベルには達したいものだ。
恋人なんて間柄は無理だとしてもな。よし、ちょいと大胆に攻めてみるか。

「シュー先輩は俺の事をどう思ってるんですか?」
「現在は同盟関係にある元敵」

根っこから問題ありまくりだな。せめて可愛い後輩と呼んで欲しかった。
……って、待て待て。可愛いは恥ずかしいから却下だ。
困ったな、しかし俺はここで引き下がる様な男ではないっ!!

「友達にはなれませんか?」
「……友達?」
「そうです」
「それは……分からない」

あれ、今の微妙な間は何だ。

「では逆に聞きます。俺が友達では嫌ですか?」

おい待て、何を言ってるんだ俺。先輩の様子がおかしいのに気がつかないのか?

「それは……」

今までに見た事の無い表情を浮かべる先輩。さっきまでの調子が感じられない。

不味いな、調子に乗り過ぎたかも知れない。……止めよう。
先輩はただ先輩なのであって、部活をしているだけなんだから。
先輩にとってはただそれだけなのだから。例え俺がそれだけだと思わなくなり始めていたとしても。

「あ、話してばかりで折角のおにぎりを一口しか食べてませんでした」
「……」
「やっぱり美味しいです。ん、具無しの米100%なんですね!」
「……」
「あ、あー、どんどん食べようかなー、なんて言って……みたり?」
「……」

迂闊、軽率。そんな後悔の念で体がすっと冷える。あの先輩が沈黙してる。
唐突にクーの言葉を思い出す。「あまり友達には恵まれていない」と。
「彼女を悲しませるな」と。俺はそう言われたんだ。
どんな人間にだって触れられたくない部分があるのだろう。『友達』と言うキーワード。
それは俺が気付かぬ内に先輩の傷を開いてしまったのかも知れない。

「……ごめんなさい」

相変わらず先輩の返事は無い。当たり前か。俺はしてはいけない事をしたのだから。クーとも約束したのに。
でも嘘はつきたくない。適当にお茶を濁す事も今はしたくない。だったら俺は……そのままの自分の気持ちを伝えよう。

「俺はシュー先輩が好きです。だからもっと先輩の事を知りたいし仲良くなりたい。
 こんな俺だけど、真面目に……真剣にそう思ってます。
 だから友達になりたいんです。勿論、敵でもなく。ただの先輩後輩でもなく」

沈黙がその場を包む。暫く待っても、やはり返事はなかった。駄目なのか。俺の想いは伝わらなかったのだろうか。

「……ぐうぐう」
「はい、そうですよね。ぐうぐうですよね。……ぐうぐう?」

あー、あの、これはもしかして。

「えーっと、もしかしてもしかすると……眠ってらっしゃる?」

しまった、先輩はこういう人だった。完全に忘れてた。にしても何時の間に眠ったのでしょう、このお方。

「起こした方がいいよな?」

何時もと違って今日は昼休みだし、布団の上で食事の真っ最中な訳で。
このまま眠らせておく訳にも行くまい。しかし、まあぐっすりと眠っている事で。寝不足なのだろうか。

迂闊、軽率。そんな後悔の念で体がすっと冷える。あの先輩が沈黙してる。
唐突にクーの言葉を思い出す。「あまり友達には恵まれていない」と。
「彼女を悲しませるな」と。俺はそう言われたんだ。
どんな人間にだって触れられたくない部分があるのだろう。『友達』と言うキーワード。
それは俺が気付かぬ内に先輩の傷を開いてしまったのかも知れない。

「……ごめんなさい」

相変わらず先輩の返事は無い。当たり前か。俺はしてはいけない事をしたのだから。クーとも約束したのに。
でも嘘はつきたくない。適当にお茶を濁す事も今はしたくない。だったら俺は……そのままの自分の気持ちを伝えよう。

「俺はシュー先輩が好きです。だからもっと先輩の事を知りたいし仲良くなりたい。
 こんな俺だけど、真面目に……真剣にそう思ってます。
 だから友達になりたいんです。勿論、敵でもなく。ただの先輩後輩でもなく」

沈黙がその場を包む。暫く待っても、やはり返事はなかった。駄目なのか。俺の想いは伝わらなかったのだろうか。

「……ぐうぐう」
「はい、そうですよね。ぐうぐうですよね。……ぐうぐう?」

あー、あの、これはもしかして。

「えーっと、もしかしてもしかすると……眠ってらっしゃる?」

しまった、先輩はこういう人だった。完全に忘れてた。にしても何時の間に眠ったのでしょう、このお方。

「起こした方がいいよな?」

何時もと違って今日は昼休みだし、布団の上で食事の真っ最中な訳で。
このまま眠らせておく訳にも行くまい。しかし、まあぐっすりと眠っている事で。寝不足なのだろうか。

「あ、さっきの話、聞かれてないよな!?」

よく考えたら好きだとか、とんでもない事を口走ってた気がするし
聞かれてたら、そりゃあもう大変な事になってただろう。俺の心臓とかが。

「ま、何一つ嘘じゃなくて本心からの言葉なんだけどな」

でも今後は友達だの言うのは止めよう。噂が本当なのか嘘なのかはともかく、あんな顔の先輩はもう見たく無い。
やっぱり先輩には笑っていて欲しい。それに俺なんかが深入りしていい事じゃない。
俺はただの後輩なんだ。……ただの後輩なんだ。自分に言い聞かせる。
もうこれ以上は触れないようにしておこう。気にならないと言えば嘘になるがな。

さて、では起こしますか。眠れるお米のお姫様を。

      ◇ ◇ ◇

ちなみにだ。必殺技ではなく、今度はきちんと起こしたら起き攻めかと
言われて強烈なカウンターを食らいそうになったり
何個かおにぎりを食べていたら、得体の知れないものが具に入っていて
またもや「孔明の罠か!」と叫ぶ先輩に
「何故、黒々しいドロッとした形容しがたい何かを入れるのですか!!」と反撃。
「なら、食べるしかないじゃないかっ!」とか訳の分からない事を言われたので
「冗談ではない!」と返してみたりした事は俺と先輩だけの秘密だ。
……いや、結局食べたけど。なあ一体あれは何だったんだ。教えてくれ、誰か。




「ふっふっふ」

お昼休みの孔明の罠で同盟作戦は成功。おかげで一緒にご飯が食べられた。
同時に目標、秋月修の食事時の顔を入手。また一つ君の新たな表情を見る事が出来た。

「しかし天才軍師の私は別の罠も仕掛けていたのだ」

彼もまさかこれが実は炊飯器型ボイスレコーダーであるとは思いもしなかっただろう。
何時からか急に眠くなる癖がある私にとって、これは画期的な発明だ。
残念ながらコンセントを抜くとデータが消えてしまうから、放課後まで待たなければいけなかったけど。
でも今は授業も終わった放課後の屋上。誰にも盗み聞きされる心配はないし準備万端。

「では早速さっきの会話を再生」

んー、音声良好。さて肝心の寝てしまった直前の会話は、っと。


『友達にはなれませんか?』

あれ。

『では逆に聞きます。俺が友達では嫌ですか?』

友達?

『それは……』

それは――友達は、あの日の事故で――――嫌だ、嫌だ――嫌だ。
意識が遠くなる、何だか眠くなって来た……な。



「分かってはいるが辛いものだな」

君が、妹が熱を出して寝込んでいると言う電話を受けたまでは問題ない。
その妹を心配して早く帰るのもまた兄として正しい行動だとは思う。
しかし急いでいるから部活は休むと代わりに伝えてくれと頼まれるとはな。

「……まあいい、他ならぬ友人の頼みだ。一言告げればそれで済む事だろう」

さて屋上に着いた訳だが、水上先輩は一体何処に。……何か音がするな。こっちか。

「修の言っていた通りだな。布団の上で眠っている」

しかし炊飯器まであるとは。む、音声を出しているのはこの炊飯器か。
一体どういう仕組みなんだこれは。ただの炊飯器ではない様だな。

『……ごめんなさい』

修の声?

『俺はシュー先輩が好きです』

……何で?

『だからもっと先輩の事を――だし、こんな――真面目に――――ただの先輩後輩でも――』

音声がまともに聞き取れない。どうしたのだろう、私は。
……ああ、至極簡単な事だな。自分を誤魔化しきれなくなっているんだ。
動揺してる癖に思考だけは冷静なままなんだな。
恋焦がれる相手の告白の台詞なんて聞いたら、普通の高校生は泣いたりするものじゃないのか?
なのに私はこんなにも冷静だ。そもそも私は君の事が好きじゃないのだろうと思ってしまう位に。

……けれど、この胸の痛みがそうでないと告げる。痛い、とても痛い。崩れ落ちてしまいそうな程に痛む。

「……何をしているのだろう。私はただ水上先輩に伝言があっただけじゃないか」

無意識の内に炊飯器のコンセントを抜いてしまった。お陰でそれは黙ってくれた。
ふぅ、落ち着け私。いや、冷静ではあるのだな。……すべき事をして早くここを去ろう。

「水上先輩、すみませんが起きて下さい。伝言を授かって参りました」

やはりこれでは起きないのか。……こうして近くで見ると確かに綺麗だな。
噂通り……ではないな。噂以上だ。これなら彼が惚れるのも……。

「いけないな。私は余計な事を考えすぎる」

始めから素直に揺すって起こせばよかった。では、早速。わさわさ。

「ん……。見ろー、敵が山のようだー」

それはかなりピンチだ。でも何か台詞が間違ってる気がするな。
一体どんな夢を見ているのだろう。あの三文字を言えば、某台詞と共に起きてくれるのだろうか。
……エンディングの歌に一切れとは言え、パンが出てくるから余計な事は止めといた方がいいのだろうな。
修がパン関連の事は下手をすると大変な事になると言うような事を呟いていた。

「ドラえもーん、新しい顔よー」

いや、それも間違ってる。何から訂正すればいいのか分からない程に。
声変わりだけでも大騒ぎだったのに首まで吹っ飛んだら不味いんじゃないか?
……首が吹っ飛ぶヒーローと言うのがそもそもおかしいのだな。

「ほりえもーん、何か道具を出してよぅ」

ある意味間違っていないが、助けを求める相手が間違っている気がする。
秘密道具のライブドアも没収されているし……とりあえず、現金で全て解決か?
しかし一般人が頼んだところでノーマネーでフィニッシュするのがオチだろう。

……何時の間にか完全にペースを持っていかれているな。
本題に戻らねば。私は修に伝言を頼まれたのだ。何としてもこの先輩を起こすしかあるまい。
わさわさ、わさわさ。む、どうやら起きた様だ。

「違う!」
「……まだ夢の中だったか?」
「起こし方はわさわさではなく、ゆさゆさだっ!」

ほう、それは勉強になった。今一つ違いが分からないが。

「つまり君は我が部の副部長ではないな。何者だっ!?」
「申し遅れましたが私は……」
「なるほど、米山空と申すか。いい名だ」

ここはお礼を言った方がいいのだろうか。その前にツッコミを入れたいが。
それにしてもこれは確かに個性的な口調だ。イメージとしては三国志の武将だろうか?

「その表情から察するに当たりなのだな。ふふふ、私の記憶力も大したものだ」

自分で「申すか」と言っておきながら、「記憶力」とは矛盾している。
まあ細かい事は気にしてはいけないのだろう。だがこればかりは驚かざるを得ない。私の表情を理解出来るとは。

「実は名前に米が入ってる人の顔を全員覚えていただけだったりする」
「だけ、とは言っておられますが、それは難しい事だと思います」
「んー、そうなのかな。自然と覚えてしまった」
「……失礼ですが、先ほどと口調が違う様に見受けられますが?」

どちらの口調でも彼女には似合っている気がするが。

「これが何時もの私の口調だよー」
「そうでしたか」
「それより君にこそ何時も通りの口調で話してほしいな」
「……少々堅苦しかったでしょうか?」
「不自然。カレー好きの先輩がスパゲッティーを食べてる位に」

あれはアニメ版の黒歴史だから封印した方が幸せになれると思うのだが。

「だから気にしないで何時もの様に話して」
「ですが先輩に対して失礼……」
「んー、君は可愛い」
「……」

抱きつかれてしまった。こういう場合はどう反応すればいい?
修ならきっと笑えばいいと思うよ、とでも言うのだろう。
しかし私は綾波系とは違う気がするのだが。……想像の相手に突っ込んでも意味が無いな。

「うん、やっぱり君からはお米の匂いがする。朝はご飯派だね」
「……分かるのですか?」
「逆に聞く。君は私が分かるとは知らなかった?」
「……どういう意味でしょうか?」
「簡単な事だよ」

抱き着かれていては表情が読めない。でも何故か少しだけ……今はこの人が怖い。

「君からは――修の匂いがする」
「っ!!」

それは私は修と仲がいい友達で……親友だから……だから。
でも先輩が言っているのはそんな意味ではなく、もっと別の……。

「ん、今の顔が本当の君だね」
「……」
「大体の事情は把握した。……ごめんね、でも嘘をつくのはいけない」

私の頭を撫でるその手は優しさに溢れていた。心が穏やかになっていく。
熱が冷めて冷静になっていくのとは少し違う。じんわりと温かくて安らいでいく感覚。
そうか、怖いのはこの人ではなかったのだ。本当に私が恐れたのは……。
私が怖がったのは――嘘をついていた私自身が自分の本当の気持ちに気付いてしまう事。

「嘘は……良くないんですよ? 心が壊れちゃいます。なーんてね」
「それはマイナーですよ。……水上先輩」
「あら、そうだっけ? まあそれは置いといて、その呼び方も固いな」
「でも先輩は先輩であって……」
「先輩でありながら娘と言うキャラもいるこの時代にその固定概念はよくない」

どんな状況だったらそんな事になるのですか、とでも何時もの調子なら問うのだろう。
しかし真剣な先輩を見ていたら、そんな気も失せてしまった。

「そう君には……いや、君にも私の事をシューと呼んで欲しい」
「……しかしそれは修だけに認められた呼び方なのでは?」
「自ら許可を出したのは君で二人目だけど、問題ないよー」
「……分かりました、では私の事はクーと呼んで下さい」
「それではクーと。……ああ、この響きは実に君に似合っている」

私もこの名は気に入っている。だからこそシュー先輩にはこの名で呼んで欲しいと思った。
落ち着いた今ならよく分かる。私は酷く嫉妬していた。何故、修はその先輩を……と。
でも今は違う。この人になら修を任せられる。実際に出会ってみて分かった。この人はイイヒトだ。
だが分かった事はそれだけではない。やはり私は修が好きなのだ。だから私は――。

「シュー先輩」
「んー、何かな、クー?」
「私は秋月修が好きです。シュー先輩は?」

尋ねてみた。先輩も彼が好きなのかどうかを。

「難しい、でもどちらかと言えば猫より半魚人の方が好きかな」
「……犬は何処へ?」
「職安にでも行って仕事探しでもしてるんじゃないかな」
「お巡りさんにでもなればいいのでは?」
「最近の仔猫ちゃんは賢くて迷子に何かならないから仕事がないらしいよ」
「それは確かに困ってしまってワンワンとでも泣きたくなりますね」

……しまった、またペースを取られた。

「そうではなくて、質問しているのは修の事をどう思っているかです」
「パン以上プランクトン付近って所かな」
「……プランクトン?」
「食物連鎖って怖いよね……」

むしろ私は連鎖していないこの会話が怖い気がする。見事に話を逸らされてしまった。
嫌な気はまったくしないし、むしろ楽しいのではあるが。

「で、今更で悪いのだけれど」
「何ですか?」
「はい、入部届け」
「……何故これを?」
「入部しに来たんじゃないの?」

そうだ色々あって当初の目的を忘れていた。

「修から伝言があってここに来たんです」
「ふむふむ」
「妹が熱を出したそうで、急いで帰るので今日は部に出れないそうです」
「なぁーるほどっ!」
「……そのネタを文章で伝えるのは無理だと思うのですが?」
「ちなみに私はあれで初めて『あなをほる』をしてる相手に当たる技がある事を知った」

その内、ファミコンとかのネタまで使いそうだから恐ろしい。
「ええぃ、連邦のモビルシュールは化け物か!」とでも修ならツッコミそうだ。
そういう時の彼は起動性能のが三倍になるからな。赤くないのに。

「ん、事情は分かった。今日の部活動は一人でやる事にする」
「一人で、ですか?」
「……よく考えたらこの部活は修がいないと出来ないじゃないか」
「部員が二人だけなのは知っていますが、ここは何部なのですか?」
「『秋月修の百面相の謎をお米好きの水上秋が解決しつつ、屋上で熟睡』部」

それなら確かに無理だ。……しかし長いな。
ツッコまなければならない点が他にも沢山ある気がするが、この際気にしないでおこう。

「……じーっ」
「効果音つきで睨まれましても困るのですが」
「ウサギは寂しいと死んじゃうんだよ?」
「実際にはそんな事ないそうですが」

脈絡のない会話だが先輩が言いたい事は何となく分かる気がする。

「……つまり入部して欲しいと言っているのですね?」
「そういう学説を唱える人もいる」
「ちなみに修は何故、この部活に?」
「それを語る為には、まず日本米の素晴らしさを説かねばなる米」
「……」
「……」
「……」
「嘘です、ごめんなさい。本当は私が無理やり入れました」

流されやすい性格だものな。思った通りの理由だ。そしてそんな先輩と付き合う内に惚れたと言ったところか。
で、今では先輩目的で部活に毎日足を運び、今日を除き活動日全て出席に至る、と。
果たしてそんな部活に私が入っていいのだろうか。いや、答えはもう決まっているな。
――何故なら私は秋月修の事が好きだからだ。

「入部させて下さい」
「あぁ、そうだよね。忙しいから私の様な人に構ってる時間は……って、あれ?」
「シュー先輩が嫌でないのならば、ぜひ入らせて下さい」
「全然嫌じゃないよ!」
「本当ですか?」
「家で作ったお弁当のカレーを食べようとしたら、二箱ともご飯だった時くらい嫌じゃない」

それは一般的に考えれば嫌だと思うのだが。
姉の元へ会いたくない上級生に会うのを覚悟で行かなくちゃならなくなったりするし。

「お米部、始まって以来の快挙だ。まさか部員が三人になるなんて」
「早速ですが、先ほどお持ちだった入部届けを……」
「あ、大丈夫。この部活、入部届けは書かなくても問題ないから」

問題は山積みのような気がする。そもそも入部届けを書かなくていい部なんて部活とは言わないのではないか?
この人が言うのだから大丈夫なのだろうと、思えてしまうのがこの先輩ではあるが。

「部活名も変えないといけないな。どうしようかなぁ」

ああ、部活に入る事になった時の修の気持ちもこんな感じだったのだろうか。
何だかおかしな事になった。ただ屋上に来ただけなのに何故、私は入部する事になったのか。
そんな事を強く思う。――思うのだが。

「いっその事、名前を三体でお米戦隊として……」

この幸せそうな顔を見ると何も言えなくなってしまって。そして思うのだ。ああ、悪くない、と。

「そうなるとリーダーの私は当然ホワイトだな。修は……」
「赤がいいのでは?」
「なるほど、通常の三倍と言う訳か」

しかしながら一つだけ問題を挙げるとするのならば。

「ふふ、それはいいな」

この素敵な笑顔をする相手こそが私の恋敵であるという事だ。


おまけ
「ところで、炊飯器のコンセントが抜けているのは何故?」
「……節電の為ではないでしょうか?」
「おお、なるほど。……あれ、何か忘れてるような」
「……」
「ああっ、これ一度コンセントを抜くとデータが消えるんだった!」
「……」
「クー、犯人に心当たりはないかな? かな?」
「……急用を思い出したので私はこの辺で」
「嘘だッ!!」

念のため持って来ていたお米をまきびしにして逃げたのは言うまでもない。