今でもはっきりと覚えている、あいつとの出会い。
むしろ忘れることなんてできないだろう。それほど俺の記憶の中であいつの登場の仕方は衝撃的だった。
といっても、流石にいつ頃……という時期のことはよく覚えていない。
恐らく幼稚園生だった頃だろう、近くの公園の砂場で山を作っていたことを覚えている。
砂場で長い時間をかけ、苦労して作った大きな山……
今なら5分でそれの倍ぐらいの大きさは作れるだろうが、当時の俺にとっては新記録だった。
心地良い達成感と満足感にうっとりして舞い上がっていた俺、
向こうからやってくる同い年くらいの女の子、
目の前には誰にも真似できないような大きな山、
だんだん近付いてくる女の子、
こんもりと積まれた砂山の前で爽やかな笑顔で佇む俺、
いつの間にか俺のすぐそこまでやってきていた女の子、
隣に来ていた女の子にようやく気付く俺、
スローモーションで蹴りを構える女の子、
それをポカンとして見ている俺。
そして次の瞬間……
ぐしゃ
「……あ」
「……」
こともあろうにその時まだ初対面だった俺の最高傑作を、いきなり現れ無言で、無表情で、意図的に破壊したジェノサイダー。
情けない表情で呆然とそれを眺めている俺。今思えば、だいぶシュールな光景。
それが彼女、一峰秋との出会いだった。
「……ひ」
俺は覚えている、いきなり目の前で行われた破壊行為をしばらく他人事のように見つめていたことを。
自分の苦労の結晶が音を立てて崩れていったことを理解するまで少し時間がかかったことを。やがて夕立のように唐突に、そして激しく訪れた絶望感を。
「ひでぇ……」
じわぁ……、と溢れてくる涙。初めて感じた不条理。世の中の無情。そして見ず知らずの理不尽な破壊者への怒り。
「なんてことすんだよぉ……」
怒りというかむしろ哀しみの方が大きく、とにかく自分自身情けないなぁと思うような声だったと思う。
「……呼んでも、返事しなかったから」
その時初めてシューの声を聞いた。抑揚の無い喋り方だったが、とても可愛らしい声だったことを覚えている。
俯いていた俺はその声に顔を上げて、彼女のことを見た。そして、多分俺はこのときに一目惚れをしたんだと思う。
「その砂山を作る行為に夢中になってて聞こえないんだと思ったから壊した……」
何を言っているのかまったくわからなかった当時の俺には、ただ難しい単語を並べて言い逃れようとしているだけにしか思えなかった。
「だからといってこわすことないじゃんかぁ……」
「……友好的な解決はつまらないからあまり好きじゃない」
……よくわからないが反論されたことはわかった。内容が支離滅裂だったことも何故かなんとなくわかった。
そして彼女は話が通じるような相手ではないということが嫌というほどわかった。
「……とりあえず、自己紹介」
『どう考えても話の流れがおかしいよね?』今の俺ならそう突っ込んだだろう。
だが当時の俺は彼女の行動に酷く狼狽していた上、彼女に付いてあまりにも無知で、
そして何より彼女に見惚れていた為、とても言い返せるような状態じゃなかった。
「私は、一峰秋……」
「………………あ、お、おれは天ヶ谷勇志」
「……明日もここにいる?」
「え……?えっと、わかんないけど…………」
「訂正、明日もここにいること……」
「めいれい!?」
こうして俺は、このちょっと変な、そしてとても魅力的な女の子と毎日遊ぶ……いや、遊ばれる羽目になるのだった。
しかし、まさかその後10年以上付き合いつづけた上、恋人同士にまで発展するとはこの頃には夢にも思わなかっただろう。
「……」
「……」
「……何ボーっとしてるの?」
「ん、あぁ、ちょっとお前との昔のことを思い出してた……」
「私が勇志を川に突き落としたときのこと……?」
「……違う」
「じゃぁ、私がけしかけた犬に追い掛け回されたときのこと……?」
「……違う」
「じゃあ、勇志が私に夜這いをかけようとしたときのこと……?」
「そんなことしてねぇ」
俺は、今日も幸せだ。