いきなり!料理伝説


 いきなりあいつに呼び出された。
『メシを作ろうと思うんだが、誰も手伝ってくれない。君の力が必要だ。来てくれ』
 いくらあいつがシュールだからといって、家族までもがあきれるほどなのか?
 っていうか、それほどおかしなものを大真面目に作ろうとしてるのか、あいつは。
 我が家も晩飯の時間だったが、友達の家で食ってくると言って家を出た。
 俺もたいがい物好きだよなあ。


「用意してくるから、テレビでも見てて待っててくれ」
 俺を家に上げるなり早々と台所に引っ込んだ彼女と、はやくも「おつかれさまでした」の空気を漂わせる家族を尻目にテレビ観賞。
『いきなり黄金伝説・一ヶ月一万円生活』
これってどう見てもやらせ……という言い方が悪ければ大掛かりなコントだと思うんだが、料理は美味そうだ。
 あいつならそのうち濱口優みたいにモリもって海に行くおそれが非常に高いが、さいわい海に米は実っていない。
 台所のほうからは何かを煎っている香ばしい匂いが漂ってくる。
 ところで、俺は何を手伝えばいいんだろう?
 ゴリゴリと勢いよく何かをする音。胡麻でも煎ってすっているんだろうか?
 ややあって彼女は大皿と野球ボール大のかたまり二つを持って戻ってきた。
「これが君の分だ」
「はい?」
 ジャガイモみたいな色をしている。
 泥団子のように見えないこともない。
「何をぼうっとしている。ほら、いまテレビに出てる濱口もよくやってるだろ」
「え?」
「はやくチネってくれ。何のために君を呼んだと思っているんだ」
 つまり、あれか?
 小麦粉をこねたやつを米粒大にチネって米のかわりにするという、というより、相方の有野に押し付けることで有名な、あれをやれというのか!?
 たしか、あれは数時間かかっていたような…………こ……米好きもここまできたか!
「指じゃなく、爪を使ってやるとチネりやすいぞ」
「ありがとう……」
 なるほど、確かに。
 しかし、この小麦粉はおかしな色をしている。小麦粉と水だけなら白いはずだが?
「ああ、これは米だからな」
 疑問をぶつけると、彼女はチネる手を休めずにしれっと言った。
 黄金伝説はすでに終わり、回した先のチャンネルでは『TVチャンピオン・デカ盛り王選手権』をやっていた。大盛りのとんかつが腹に響く。
「こ、米ぇ!?」
「あたりまえだろう。濱口が食っているのはあくまで小麦粉だ。
 なんでわたしがそんなものをそんなことまでして食う必要がある?」
「いや、米をチネって米にして何か意味があるのか?」
「いっぺんやってみたかったんだ。でも家族は誰も手伝ってくれない」
 あたりまえだ。世の中、こんなむなしいことがほかにあってたまるか。
「小麦粉は米じゃないからな。しかし硬かった。煎ったら簡単に粉にできたけど」
 言ってることは100%正しいのに、なんでこいつがやるとこうもなにかがずれてくるんだろう。
 っつーか自作するなよ、米粉を。

 お互い無言のまま、チネり続ける。
 TVチャンピオンは終わり、次に回した先では『新どっちの料理ショー』をやっていた。
 踏んだり蹴ったりだ。
 チネるたびに煎った米の香ばしい匂いが開放される。テレビのグルメ画像とダブルで俺の腹を攻め立てる。
「なあ、休憩しないか?」
「駄目だ。小麦粉と違ってこいつはすぐに乾燥する。粘りが足りないんだ。普通の白米だからな」
 そういえば時折霧吹きで水をかけている。
 すきっ腹を押さえ、俺と彼女はひたすらに米粉を練って団子にしたものをチネり、米にし続けた。
 ああ、晩飯食ってくりゃ良かった……。



「できた……」
 苦節二時間、よゐこの二人よりははるかに早くできた。料理番組三連発もちょうど終了した。
「米だ……米になった…………」
 嬉しそうだなあ、こいつ。
 しかし、なったもなにも、はなから米だ、そいつは。
「ゆでてくる。君は手でも洗ってきてくれ」
 俺の手はこびりついて乾いた米団子でかぴかぴになっていた。硬そうな装甲だ。

 結局、米から作った米はお茶漬けになった。
 味はそれほど悪くない。
 団子と餅の中間みたいな食感で、わずかに粉っぽい。
 全体的には普通のお茶漬けとそんなに変わらなかった。
「よかった。ちゃんと米になった。米はいい。まさに米愛だな」
 彼女もご満悦そう。
「よかったなあ……」
 あれだけ苦労して結局お茶漬け一杯か。
 香ばしさはここまでされてもまだ生きている。まあ、それが違いといえば違いだが、ネスカフェゴールドブレンドほどではない。
「おいしいなあ、米は」
 炊いたら……いや、厳密に炊いたといえるかどうか不明だが、『ご飯』と言ってくれ。
「君と一緒に苦労して作って、君の隣で一緒に食う米がこんなにおいしいとは思わなかった」
「………………」
「どうした?」
「ああ、なんでもない。なんでもないよ」

 ゴールデンウィークのさなかに米を粉にしてチネってまた米にして――――
そんなバカなことをやっているカップルは地球上に俺たちぐらいしかいないだろうけど、それで幸せなのも、俺たちぐらいだろうなあ…………。

 そんなことを思いながら、最後の米粒をかきこんだ。